Spring has cum.

~ Wednesday, May 30 ~
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(Source: zerostatereflex)


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(Source: cuteoutfits)


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あなたの人生がかけがえのないように、あなたの知らない人生もまたかけがえがない。人を愛するということは、知らない人生を知るということだ。
— 灰谷健次郎 (via pandante)

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ありますよ。





兆(ちょう)
京(けい)
垓(がい)
秭(じょ)
穰(じょう)
溝(こう)
澗(かん)
正(せい)
載(さい)
極(ごく)
恒河沙(ごうがしゃ)
阿僧祇(あそうぎ)
那由他(なゆた)
不可思議(ふかしぎ)
無量大数(むりょうたいすう)
洛叉(らくしゃ)
倶胝(くてい)
阿ゆ多(あゆた)
那由他(なゆた)
頻波羅(びんばら)
矜羯羅(こんがら)
阿伽羅(あから)
最勝(さいしょう)
摩婆羅(まばら)
阿婆羅(あばら)
多婆羅(たばら)
界分(かいぶん)
普摩(ふま)
禰摩(ねま)
阿婆鈐(あばけん)
弥伽婆(みかば)
毘ら伽(びらか)
毘伽婆(びかば)
僧羯邏摩(そうがらま)
毘薩羅(びさら)
毘贍婆(びせんば)
毘盛伽(びじょうが)
毘素陀(びすだ)
毘婆訶(びばか)
毘薄底(びばてい)
毘きゃ擔(びきゃたん)
称量(しょうりょう)
一持(いちじ)
異路(いろ)
顛倒(てんどう)
三末耶(さんまや)
毘睹羅(びとら)
奚婆羅(けいばら)
伺察(しさつ)
周広(しゅうこう)
高出(こうしゅつ)
最妙(さいみょう)
泥羅婆(ないらば)
訶理婆(かりば)
一動(いちどう)
訶理蒲(かりぼ)
訶理三(かりさん)
奚魯伽(けいろか)
達ら歩陀(たつらほだ)
訶魯那(かろな)
摩魯陀(まろだ)
懺慕陀(ざんぼだ)
えらい陀(えいらだ)
摩魯摩(まろま)
調伏(ちょうぶく)
離きょう慢(りきょうまん)
不動(ふどう)
極量(ごくりょう)
阿麼怛羅(あまたら)
勃麼怛羅(ぼまたら)
伽麼怛羅(がまたら)
那麼怛羅(なまたら)
奚麼怛羅(けいまたら)
べい麼怛羅(べいまたら)
鉢羅麼怛羅(はらまたら)
尸婆麼怛羅(しばまたら)
翳羅(えいら)
薜羅(べいら)
諦羅(たいら)
偈羅(げら)
歩羅(そほら)
泥羅(ないら)
計羅(けいら)
細羅(さいら)
睥羅(へいら)
謎羅(めいら)
娑ら荼(しゃらだ)
謎魯陀(めいろだ)
契魯陀(けいろだ)
摩睹羅(まとら)
娑母羅(しゃもら)
阿野娑(あやしゃ)
迦麼羅(かまら)
摩伽婆(まかば)
阿怛羅(あたら)
醯魯耶(けいろや)
薜魯婆(べいろば)
羯羅波(からは)
訶婆婆(かばば)
毘婆羅(びばら)
那婆羅(なばら)
摩ら羅(まらら)
娑婆羅(しゃばら)
迷ら普(めいらふ)
者麼羅(しゃまら)
駄麼羅(だまら)
鉢ら麼陀(はらまだ)
毘迦摩(びかま)
烏波跋多(うはばた)
演説(えんぜつ)
無尽(むじん)
出生(しゅっしょう)
無我(むが)
阿畔多(あばんた)
青蓮華(しょうれんげ)
鉢頭摩(はどま)
僧祇(そうぎ)
趣(しゅ)
至(し)
阿僧祇(あそうぎ)
阿僧祇転(あそうぎてん)
無量(むりょう)
無量転(むりょうてん)
無辺(むへん)
無辺転(むへんてん)
無等(むとう)
無等転(むとうてん)
不可数(ふかすう)
不可数転(ふかすうてん)
不可称(ふかしょう)
不可称転(ふかしょうてん)
不可思(ふかし)
不可思転(ふかしてん)
不可量(ふかりょう)
不可量転(ふかりょうてん)
不可説(ふかせつ)
不可説転(ふかせつてん)
不可説不可説(ふかせつふかせつ)
不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)

ちなみに、1920年にアメリカの数学者エドワード・カスナーの当時9歳の甥ミルトン・シロッタが作った単位で「グーゴル」があり、コレは10の100乗。更に「1の後に疲れるまで0を書いた数」としてグーゴルプレックスという数を提案したそうで、コレは10のグーゴル乗であるそうな。つまり具体的に表記するならば、10の10000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000乗という事になり、もはやどーでも良くなる様な凄まじい単位という事ですね。

余談ですが、検索サイトでお馴染みgoogleは、この単位のグーゴル(googol)を命名者ラリー・ペイジがつづり間違えて登録したものだそうです。


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37 マーガレット(コネチカット州):2009/08/02(日) 00:53:02.86 ID:gdo6vtYr
「こころ」の感想文書けって言われてときに、
夏目漱石と俺の特別対談をまとめた記事っていう設定で
かなり電波な文を書いた記憶がある

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予約してある自分の座席に座りましたが、不安でどうも落ち着かない。ちょうど車掌が通りがかったので呼び止めて、「チケットはこの通り持っているんだが、改札を通らないで乗ってしまった」と正直に話しました。すると、「改札はないんですよ」というではありませんか。驚いて「なぜ改札がないんですか?」と聞いたところ、「なぜ改札が必要だと思うんですか?」と、逆に車掌から聞き返されてしまいました。

 私が、「予約をとらずに駅に来た人は、そのまま不正乗車できてしまうのでは?」と答えたところ、車掌は、手元にあるハンディターミナルを見れば、どの席が空席かはわかるし、駅と駅の間の区間が長いので、不正乗車が分かれば走行中の列車から逃げることはできない。確かに不正乗車はゼロではないが、取り締まることはできるし、ある「かも」しれない不正を防ぐために、すべての駅に改札を設け、高額な改札装置を設置し人員を置くのはコストのムダだと説明しました。

 私は、なるほど、「駅務の自動化」を突き詰めるとこういうことになるのかと思いました。高度に機械化された改札装置を各駅に設置するのではなく、車掌に使いやすい端末を持たせて、全駅の改札を廃止してしまう。非常に合理的です。

 一方、日本の場合は、情報化・コンピュータ化によるコスト削減というと、まっさきに人員削減を考えます。つまり、人を減らして機械で置き換えていく方法をとろうとするのです。しかしこれでは、いくら機械を安く作っても「そもそも機械を設置しない」のと比べればコストはかかります。サービスの品質が上がったりお客様にとって便利になったりというメリットもありません。


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このあいだびっくりしたのは、1965年から75年の10年間、高度経済成長期ですけど、名目賃金が500%上がっているんですよ。5倍ですよね。5万円だった人が25万円になった。そういう時代ですから、この会社についていけば大変かもしれないけど食っていける、という幻想ができたと思うんです。

もちろん、実際にはそこからはじかれた人は結構います。母子世帯の人たちとか、日雇いの人たちは昔から企業に食わしてもらっていない。ただ、企業の「溜め」で生活をしてきた、メインストリームの人たちが社会的にも発言力を持っていた。まさにこれが中流の核を作っていたんです。

頭では、ワーキングプアが増えていることはわかるんだけど、体には、65年から75年の10年間の、毎年賃金をもらうたびに上がっていく感覚がある。やっぱり20代のときにどういう精神形成をしたかは大きいと思う。体で理解できていない。

堤 皮膚感覚の反応にでるのは、体に刷り込まれたほうなんですよね。

湯浅 そうした人が、今、長く仕事を続けることができない若い人を見て、「じっと我慢してりゃ、そのうち良くなるものを。なんでそんな簡単に会社を辞めちゃうんだ」と。「だからお前は駄目なんだ」と非難してしまう。

だけど非難される側の20代の賃金上昇率は2000年以降、あろうことか、名目賃金でさえマイナスです。

そういう年代の人たちは、「そんな『じっと我慢してりゃそのうち良くなる』なんて、なんでそんなに楽観できるのかわからない」という話になるわけですね。日本の場合は正規、非正規の対立が世代間対立にも重なって、非常にややこしい。

堤 もう、全然かみ合ってない。その意識のままでは連帯もできないですね。

湯浅 かみ合ってない。上の世代から見ると、労働市場はみんなを食わしてくれるはずのものなので「食わしてもらえないんです」という人が出てくると、労働市場には問題があるはずがないから、それは食えないあなたに何か問題があるんだろうとなる。ワーキングプアの自己責任になっちゃうんですね。

堤 「辛抱が足らないから」みたいな人、ほんと多いですよね。その世代の親が自分の子どもに「頑張りなさい、頑張りなさい」と言う。今、湯浅さんの言う「すべり台」を猛スピードで落ちている子どもが何よりも必要としているのは「生き延びる知恵」なのに。親達にはそれが見えないんですね。

必死で手を伸ばす子どもに向かって「夢を持たなきゃ、やりたいことを見つけなきゃ」と言う親と、それを聞いて絶望し、落ちてゆく子ども。どっちもかわいそうです。何とかしたい。
http://ameblo.jp/kokkoippan/entry-10274421578.html